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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)148号 判決

控訴人 矢崎忠雄

右訴訟代理人弁護士 五味和彦

同 雨宮真也

同 園田峯生

同 中村順子

被控訴人 樋口當子

右訴訟代理人弁護士 皆川健夫

同 小宮山博

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決二枚目裏二行目、四行目、同三枚目表二行目、六行目に「本件建物」とある次にいずれも「部分」と加え、同二枚目裏五行目、同三枚目表二行目に「終日」とあるのをいずれも「朝から」と改め、同三枚目表七行目に「受領しているので、」とある次に「右意思表示を黙示的に撤回し、」と加える。)。

一  主張

1  控訴代理人

本件和解調書には、請求原因1、(4)のとおり無催告解除の条項が存し、被控訴人は右条項により無催告にて本件賃貸借を解除したと主張するものであるが、和解調書において右のような条項が定められた場合でも、これにより無催告解除が許されるためには、賃借人に賃貸借当事者間の信頼関係を破壊する程度の契約違反があることを要するものと解すべきである。本件の場合、控訴人において、主たる取扱い商品が生ぶどうである関係から、時節外れの期間に本件建物部分のシャッターを下ろし、看板の電気を点灯しないことがままあったからといって、右の程度ではいまだ無催告解除を許容すべきほどの信頼関係を破壊する契約違反が控訴人にあったとはいえないことが明らかである。よって、被控訴人がした本件解除は、解除の要件たる催告を欠くものとしてその効力を生じない。

2  被控訴代理人

控訴代理人の右主張は争う。被控訴人は昭和四六年二月二六日控訴人に対し、請求原因1の(1)ないし(4)と同一の約定にて本件建物部分を賃貸したのであるが、控訴人が約定に違反して本件建物部分を店舗に使用せず、物置として使用したので、右違反を理由に賃貸借契約を解除し、昭和四八年一二月控訴人に対し、本件建物部分の明渡を求める訴を甲府地方裁判所に提起した。そして、昭和五〇年一二月二〇日右事件において和解が成立し、従前の契約がそのまま有効に存続していることを確認し、請求原因1の(2)、(3)の約定に違反したときは無催告にて契約を解除しうる旨を重ねて約したのである。しかるに、控訴人は、昭和五一年四月頃からまたもや右約定に違反して、本件建物部分を店舗に使用せず、シャッターを下ろし空箱を置き物置として使用する挙に出た。以上によれば、控訴人は右のような約定違反があれば本件賃貸借を無催告にて解除されることを熟知していたものであり、また控訴人の右違反は度重なるものであって、賃貸借当事者間の信頼関係を破壊するものといえるから、被控訴人がした本件解除をもって催告を欠くがゆえに効力を生じないものとすべき理由はない。

二  証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人と控訴人との間に甲府地方裁判所昭和四八年(ワ)第三一六号建物明渡等請求事件の和解調書(昭和五〇年一二月二〇日成立)が存在し、その内容が、「(1) 被控訴人は控訴人に対し、本件建物部分を物品販売を目的として賃貸する。(2) 控訴人は右目的以外に本件建物部分を使用してはならない。(3) 本件建物部分は鉄筋コンクリート造三階建建物(以下「本件ビル」という。)の一部であり、他の賃借人と共に商店経営のため使用するものであるから、他の賃借人に迷惑を及ぼし、又は品位を傷つけるような使用方法はしない。(以上第一項) (4) 控訴人が右約定に違反したときは、被控訴人は何らの催告を要せず、本件賃貸借を解除することつができる。(第四項) (5) 控訴人は、右解除があったときは直ちに本件建物部分を明渡す。(第五項)」となっていること、被控訴人が控訴人に対し、昭和五一年六月一六日付け内容証明郵便をもって、右和解条項第一項違反を理由に本件賃貸借を解除する旨の意思表示をし、右意思表示が同月一八日控訴人に到達したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二1  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

本件建物部分を含む本件ビルは通称朝日通り商店街の西側の一郭に位置し、被控訴人が昭和四六年に建築、所有するに至ったものであるが、かつて同じ場所に被控訴人の父所有の木造平家建建物が存し、控訴人は昭和二五年頃から同建物を賃借し、これに居住してぶどうを中心とする青果物の販売業を営んでいた。そして、控訴人は、昭和二九年頃被控訴人の兄樋口富蔵が右建物のあとに木造二階建の旧建物を建築してからも、引き続きその一階部分を右同人から賃借して従前同様の営業を続けてきたが、その後昭和三四年に朝日通りを隔てた向かい側の肩書住所地に二階建店舗兼居宅を取得し、同店舗においてぶどう、ぶどう酒、干ぶどう、月の雫(ぶどうから作る菓子)等の卸、小売を行うようになり、以後次第に旧建物の方では商品の販売を行わず、これを物置同然に使用するに至った。

昭和四四年頃に至り旧建物を取り毀してそのあとに被控訴人がビルを建築する計画が立てられ、樋口富蔵が甲府簡易裁判所に控訴人を相手方として旧建物明渡の調停を申し立て、昭和四五年六月二二日、被控訴人も利害関係人として参加した上、控訴人は同年七月末日限り旧建物を明渡し、被控訴人は旧建物を取り毀して七か月以内にビルを新築し、控訴人にその一階の一部を賃貸することなどを内容とする調停が成立した。そして、被控訴人は、右調停に従って本件ビルを新築し、昭和四六年二月二六日控訴人との間に、本件建物部分について期間の定めのない賃貸借契約を締結し、その際、前記一に認定した本件和解調書の内容(1)ないし(4)と同一の約定をし、その旨を明記した建物賃貸借契約書をとり交わした。右約定のうち(1)ないし(3)の約定(以下「本件約定」という。)は、本件建物部分の使用目的を物品販売に限定し、かつ使用方法につき他の賃借人に対する配慮義務を定めるものであるが、右のような約定をした趣旨は、本件ビルが朝日通りという商店街の一部を形成しており、そのうち一階部分は商品を販売する店舗として使用されることを本来の目的として作られているものであり、本件建物部分がそのように使用されないときは、商店街としての美観が害され、他の一階店舗部分(二店舗)の賃借人が営業上迷惑を蒙ることとなるので、前記のとおり控訴人が従前旧建物を物置同然に使用してきた経緯にもかんがみ、控訴人に今後は本件建物部分を必ず商品の販売用店舗として使用してもらうことにあった。

しかるに、控訴人は、本件建物部分賃借後も従前同様営業の中心を向かい側の控訴人所有店舗におき、本件約定にもかかわらず本件建物部分を販売用店舗に使用せず、空箱を置き、もみがら入りの麻袋、単車等を収納するなどして物置として使用していたので、被控訴人は昭和四六年一二月初め頃控訴人に対し、右使用方法が本件約定に違反するとして、同月二〇日までに右使用を止め、本来の物品販売用店舗として使用するよう催告し、右期日までに改めないときは同日限り賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便を発送した。その後被控訴人は事態を静観していたが、昭和四八年に入ってからも控訴人の本件建物部分の使用方法には依然として改善が見られず、さらに空箱やもみがら入りの麻袋を前面歩道部分一杯に積み上げるに至り、その間本件ビルの一階の他の部分を賃借しているパン屋及び呉服屋等から営業上差障りがあるとして被控訴人に対し、家主の責任で右使用方法を改めさせるよう苦情がもち込まれることもあった。

こうして、被控訴人は、昭和四八年一二月前記解除を請求原因として控訴人に対し、本件建物部分の明渡等を求める訴を甲府地方裁判所に提起した(同庁昭和四八年(ワ)第三一六号事件)。これに対し、控訴人は、本件建物部分の使用方法が本件約定に何ら違反するものではないなどとして、被控訴人の主張を争い、若干の証拠調べを経た後、数回の和解期日を経て昭和五〇年一二月二〇日に、賃貸借契約を継続することで前記一認定のとおりの内容の本件和解が成立した。右和解においては、賃料額その他について新たな約定をとりきめ、無催告解除の条項を第四項として重ねて明記したほかは、第一項として、昭和四六年二月二六日付け賃貸借契約書記載のとおりの契約が当事者間に有効に存続していることを確認する旨の条項がおかれ、前記一認定の(1)ないし(3)の約定(本件約定)は和解調書自体にはあらわれていないが、和解成立に至る過程において、被控訴人は賃貸借を継続するのであれば、本件約定が今後は厳格に遵守されるべきことを強く要望し(訴訟係属中においても、控訴人の本件建物部分の使用状況は従前と格別変わりがなかった。)、控訴人もこれを了承して本件和解成立に至ったのである。

ところが、本件和解成立後翌昭和五一年一月末頃までは控訴人は本件建物部分にテーブルを置いて干ぶどう、月の雫、ぶどう酒等を並べ、夜間も若干の時間営業していたが、その後同年四月初め頃までは昼間でも時たま店のシャッターを半分位開ける程度で、仮に開けたとしても店内には干ぶどう、月の雫、ぶどう液等の入った箱が雑然と置いてあるほか、空箱が積んであるだけであり、店員もおらず、商品の販売はほとんど行われていない状態であった。その後同年六月頃までは朝から店のシャッターを下ろし、一日中ほとんど開けることがなく、夜間も看板に照明せず(控訴人が同年四月頃から、朝からシャッターを下ろし、夜間も照明しなかったことは当事者間に争いがない。)、本件建物部分は、その前面歩道部分と共に、仕入先から運ばれてきた商品を車から下ろして向かい側の控訴人所有店舗に運ぶか卸売先等へ発送するまでの間、一時保管し、また右発送のための荷送り作業をする場所として使われていた。なお、本件建物部分の水道は既に昭和四九年六月に閉栓され、昭和五〇年一一月量水器が引上げられており、電気は昭和五一年二月から同年六月までの間全く使用されていない。その間被控訴人は、本件ビルの一階の他の部分の賃借人等から控訴人の本件建物部分の使用状況が和解成立後も依然改められていないとして苦情を申し入れられることもあった。そこで、被控訴人は、前記一認定のとおり昭和五一年六月一六日付け内容証明郵便にて本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  右認定事実に基づいて考えるに、たとえ一月から六月頃までが生ぶどうの最盛期でないことを考慮しても(右期間中も生ぶどう市場に出廻らないわけではないし、他に関連商品も多数存する。)、遅くとも昭和五一年四月頃以降の控訴人の本件建物部分の使用は、使用目的を物品販売に限定し、使用方法につき他の賃借人に対する配慮義務を定めた本件和解条項に違反するものであり、被控訴人は本件和解条項の定めるところにより催告なくして本件賃貸借を解除することができるものと認むべく、したがって、被控訴人のした前記解除の意思表示は有効であるといわなければならない。控訴人は、右違反の程度では賃貸借当事者間の信頼関係を破壊するほどの契約違反があったとはいえず、無催告解除は許されないとすべきであると主張するが、本件和解成立に至るまでの従前の経緯及びその後の控訴人の本件建物部分の使用状況につき前項に認定したところに照らすと、本件においては、和解条項にその旨が明記されているにもかかわらず被控訴人が無催告にて契約を解除することを許さないものとしなければならないような理由は見出し難い。控訴人が自らの本件建物部分の使用状況が格別非難されるべきものではないことを証する証拠として提出する《証拠省略》は、これらに関する原審及び当審における控訴人本人の供述とあわせて検討してみても、いまだ、控訴人に本件和解条項の違反があり、被控訴人において本件賃貸借を無催告にて解除しうるとの前記判断を左右しうるものではなく、他に右判断を左右すべき証拠はない。

三  《証拠省略》によれば、控訴人は、被控訴人から昭和五一年六月一八日解除の意思表示を受けた後も、毎月賃料相当額金五万円を従来どおり引き続き山梨中央銀行北支店の被控訴人の口座に振り込み、被控訴人がこれを拒否し従前の振込金合計六五万円を返却すべく甲府商工信用金庫北支店の控訴人の口座に振り込んだのが、右解除の約一年後である昭和五二年七月九日であったことが認められるけれども、《証拠省略》によると、被控訴人は、右解除の意思表示の直後から自ら又は代理人を通じて控訴人の賃貸借継続の申込みを固く拒絶していたことが認められ、右事実に、被控訴人が本件訴訟を昭和五一年一〇月二〇日に提起し、以後一貫して本件賃貸借が右解除により終了したとして本件建物部分の明渡を実現しようとしている当裁判所に顕著な事実をあわせ考えれば、右認定のように、被控訴人が控訴人からの賃料相当額の送付に対し約一年間も異議を唱えるなどのことをしなかったからといって、被控訴人が前記解除の意思表示を黙示的に撤回し、本件賃貸借の存続を承認したものと認めることは到底できないものというべく、控訴人の抗弁は採用の限りでない。

四  してみると、本件和解条項第五項(第一、四項)につき控訴人に対し被控訴人に執行文を付与すべきこととなるので、右執行文付与命令を求める被控訴人の本訴請求は理由があるものとしてこれを認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 浦野雄幸 河本誠之)

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